『SMAP』25年間ありがとう、世界中を揺るがした歴史を振り返る

2016年12月31日。

世間に惜しまれつつも解散を決めた国民的人気アイドルグループ「SMAP」。

SMAP 25年間 ありがとう
これまで多くのテレビ出演や数々の名曲を世に送り出し、ノンストップで走り続けてきた25年間。


まだまだ5人で歴史を刻み続けていける、そう信じていた彼らが下した判断には、一体どんな思い隠されていたのでしょうか?



この記事では、「SMAP」という1つのグループが生まれ、そして終りを迎えるまでの長いようで短い歴史を、印象的なエピソードなどを交えながら振り返っていこうと思います。


全ての物語を読み終えた時、きっとあなたも”SMAPありがとう”と言いたくなるでしょう。






ジャニーズJr.時代からCDデビューまで


●スケートボーイズ

もともとSMAPの5人は、光EGNJIのバックダンサーとして活動する「スケートボーイズ」というジャニーズJr内のグループにいました。


1987年後半から1988年中旬という短い活動期間でしたが、このスケートボーイズというのは、今考えると非常に豪華なメンバーでした。現SMAPのメンバー5人を含めて、約20名で活動しており、その中には、後にSMAPを脱退した森且行さんや、V6の坂本昌行さん、国分太一さん、そしてなんと、反町隆史さん(当時の名前は野口隆司さん)も所属していたのです。

反町隆史 <出典:topicks.jp>

この中から「SMAP」として、中居正広さん(当時15歳)木村拓哉さん(当時15歳)稲垣吾郎さん (当時14歳)森且行さん(当時14歳)草彅剛さん(当時13歳)香取慎吾さん(当時11歳)の6人がデビューすることになります。


余談ですが、1999年の1月から、「SMAP×SMAP」の中の「歌え!アイドルキックオフ」というコントで、SMAPの5人全員が「スケートボーイズ」として当時を感じさせる衣装で登場しました。このコーナーは人気があり、「SAY YES I$(アイドル)」というオリジナル曲が作られたり、新庄剛志さん、桑田真澄さんなどの大物ゲストが出演したりしています。


●SMAP名前の由来

これについては諸説あるためいくつかご紹介しましょう。

・スケートボーイズのキャッチコピー
SMAPという名前は、ジャニー喜多川社長が考案しました。

最も有名な説は「スポーツや音楽をやるために集められた人々」を英語にして「Sports Music Assemble People」の頭文字を取ったという説です。これはスケートボーイズのキャッチコピーとしても使われていました。


・尾崎豊の曲
しかし、実はジャニー喜多川社長が尾崎豊好きで、「17歳の地図(Seventeen's MAP)」の最後の部分を取って、SMAPと命名したというのが本当だという説。


・光GENJIのメンバーの頭文字
光GENJIの弟分としてのデビューだったため、光GENJIメンバーの頭文字を取ってSMAPとしたという説。


S…佐藤敦啓・佐藤敦啓
M…諸星和己
A…赤坂晃
P…山本淳一(?)
ただしこの場合、Pがおかしなことになっています。

これは、山本淳一さんの愛称だった「バンジー」を、社長がずっと「パンジー」だと勘違いしていたために、Pになってしまったという説。


●SMAP結成後

ジャニーズ事務所は、グループ結成からCDデビューまでの期間が異様に長いという特徴があります。


SMAPも例にもれず、結成は1988年でしたが、CDデビューは1991年でした。

その3年間にも様々な活動を行っていましたが、他のグループとの大きな違いは、グループ名の入った飲み物が発売されたということでしょう。「森永乳業SMAP」という商品で、CMも公開されました。





1989年4月には「アイドル共和国」や「歌のビッグファイト!」といったバラエティ番組にもレギュラー出演を果たすようになります。


●武道館単独公演

1991年1月1日、SMAPはCDデビュー前にも関わらず、初コンサートを武道館で実施しています。しかも1日に3回公演。合計3万人分のチケットがソールドアウトになるという人気でした。


しかし残念ながらこのとき香取さんはバク転の練習で足を複雑骨折していたため、ビートルズメドレーの中の1曲のみ、松葉杖姿での参加となりました。


木村さんのお父さんの誕生日がこの1月1日で、「普段はめったに褒めてくれない親父が、『おまえもなかなかやるじゃねえか』と言ってくれて、耳を疑った」と本人がインタビューで答えています。


ちなみに同インタビューの中で木村さんは「何回か経験を積んだら、企画から構成まで全部SMAPが担当するステージをやるのが夢だね」とSMAPの今後について熱い思いを語っていました。


また、最前列で観ているのに全然ノッてない女の子がいて、「あれは一体何なんだ」とメンバーの間で話題になっていたら、実はそれが稲垣さんのお姉さんだったというちょっと面白いエピソードもあります。







■CDデビューからブレイクまで


●デビュー曲「Can't Stop!! LOVING」

1991年9月9日、SMAPのデビューシングル「Can't Stop!! LOVING」が発売されました。

しかし、この曲は、SMAPファンでなければ知っている人は少ないのではないでしょうか。

この当時、ジャニーズ事務所のグループは、デビュー曲が全曲オリコン初登場1位を獲得しており、SMAPもこれに続くと思われていましたが、それはかなわず、オリコン初登場2位となってしまいました。現在でも累積の販売数は15万枚と他のジャニーズのアーティストのデビュー曲に比べるとかなり少ないです。


このCDデビューから約3年間、11曲連続でSMAPはオリコンで1位を取ることができず、「お前らなんで売れないんだ」と事務所から罵られる日々が続いたようです。この11曲の中には、「雪が降ってきた(7位)」「君は君だよ(7位)」「$10(5位)」「君色思い(5位)」といった、現在でも人気のある曲も含まれているだけに、逆になぜ1位が取れなかったのか不思議に思う方もいると思います。これは当時、アイドル氷河期と言われており、音楽番組が減少していて、歌をTVで露出する機会が少なかったことも要因と言われています。


しかし、このデビューから数年の苦しい期間が、現在のSMAPを作ったと言っても過言ではありません。というのも「CDが売れない」という状況を打破するために、それまでのアイドルではタブーとされていたコントをしたり、バラエティ番組に積極的に参加するといった方針が生まれ、この方針が、SMAPを国民的人気グループに成長させたのです。


●「SAY YES」への25年越しのリベンジ
このデビュー曲「Can't Stop!! LOVING」は、オリコン初登場2位ですが、その週の1位は何だったかというと、CHAGE&ASKAの最大のヒット曲「SAY YES」でした。累計売り上げが282万枚というモンスターシングルだったため、これはタイミングが悪かったとも言えます。


当時香取さんが「SAY YES」を口ずさんでいたら事務所のスタッフに怒られたというエピソードがあります。


それから25年が経ち、SMAPの解散騒動によって、「世界に一つだけの花」の販売数が再び伸び、2016年9月19日付のオリコン週間シングルランキングで3位にランクイン。累計の販売数を284万枚として、「SAY YES」の記録を超えました。25年前のリベンジを果たしたとも言えます。※その後300万枚超えを達成。


しかし、前述のようにCHAGE&ASKAに1位を阻まれたことによって、現在のSMAPの方針が決まったわけですから、もしかするとSMAP成功の要因はCHAGE&ASKAにもあるのかもしれませんね。


●オリコン1位
SMAPは、12枚目のシングル「Hey Heyおおきに毎度あり」で初のオリコン1位を獲得します。


この曲はかなりこれまでとテイストが違っていて、関西弁を取り入れていたり、ジャニーズとしては初の試みであるラップを導入していたりと、実験的な要素も多かったようです。


レコーディング前の打ち合わせではメンバーはみな「これでは売れない」と感じたそうですが、蓋を開けてみると初のオリコン1位を獲得。メンバーは喜ぶというより驚いたようです。







■ブレイク~世界に一つだけの花


●キムタクブーム
1993年のテレビラマ「あすなろ白書」で木村さんは黒ぶち眼鏡が特徴的な「取手 治」役で出演。

主演ではありませんが、同ドラマ内で木村さんが石田ひかりさんを後ろから抱き締め「おれじゃだめか?」と言うシーンが話題となり、この「あすなろ抱き」がブームになりました。


翌1994年に放送された「若者のすべて」にも木村さんは出演。このドラマでの木村さんのコーディネート、ロン毛と皮ジャンが大流行しました。


同年、木村さんは雑誌『anan』で好きな男ランキング1位を取得、それ以来15年連続で1位を取得し続けるほどの人気となりました。


ドラマにおいては、木村さんが主演するものが軒並み高視聴率を獲得。

HERO ドラマ <出典:natalie.mu>

1996年、初主演の「ロングバケーション」は平均視聴率29.6%。
1997年「ラブジェネレーション」は30.8%。
2000年「ビューティフルライフ」は32.3%。
2001年「HERO」は34.3%。

月曜の夜9時は街からOLが消える、と言われるほど、20代の女性から人気を集めました。


人気というのは形がない物なので、数値化はできませんが、過去から現在まで見渡しても、ここまで人気を博し、社会現象化した男性アイドルは木村さん以外にいないのではないでしょうか。


●SMAP×SMAP
1996年は、SMAP激変の年です。

まず、SMAPの看板番組である「SMAP×SMAP」が4月15日に放送開始されました。

SMAP×SMAP <出典:natalie.mu>

メンバーが料理をする「ビストロSMAP」や、コントのコーナーなどで構成されており、それまでのアイドルではありえなかった内容に、多くの人は新鮮さを感じていました。


コントから生まれるキャラクターは次々と小中学生にも浸透し、今までSMAPを知らなかった世代からの支持を集めるきっかけにもなりました。


この番組によってSMAPは「アイドル好き・キムタク好きからの人気」だけではなく「お茶の間からの人気」を獲得するようになったのです。


この番組は様々な大物ゲストを迎えることでも有名ですが、政治家すらも出演しており、小泉純一郎、安倍晋三、麻生太郎といった日本のトップ、内閣総理大臣も出演しています。これは、「SMAP×SMAP」が国民的テレビ番組に成長したという証拠でしょう。


●森且行の脱退
1996年、「SMAP×SMAP」が放送を開始した直後の5月6日、森さんがオートレーサーに転向するためSMAPから脱退、芸能界を引退することを発表しました。


不遇の時代を経験し、ようやくブレイクして看板番組を持つことができた矢先の出来事でした。多くのファンはもちろん、関係者も大きな衝撃を受けたといいます。


「SMAP×SMAP」最後の出演の際には、6人で「BEST FRIEND」を歌いました。中居さんが途中で号泣してしまい、言葉が出なくなる場面を、木村さんがカバーするという、ファンの間では有名なシーンがありました。


当時、森さんの事に関してはSMAPメンバーはメディアでのコメントを控えており、その後もこの件はタブー視されていた感がありますが、2014年の「武器はテレビ。SMAP×FNS27時間テレビ」の中で、森さんからメンバー4人に対する手紙が公開されました。そこには、森さんからメンバー5人に対する想い出やエールが詰まっていて、視聴者の胸を熱くさせました。手紙が読まれている時、メンバーはほぼ全員が涙をこらえていました。


●5人での再スタート
ここからSMAPは現在の5人構成になります。

森さんが抜けたことで売れ行きが心配された初の5人体制のシングル「青いイナズマ」ですが、世間から注目を集めていたこともあってか、初登場1位、81万枚のセールスを記録しました。


この頃から、グループとしての活動よりも個人の活動が目立ちはじめます。それぞれが主演ドラマや主演映画を持つようになり、個人でのCM出演の本数も増えます。また、中居さんはバラエティ番組の司会としての才能も開花させる時期でもあります。1996年の10月には、とんねるずの石橋貴明さんとのダブル司会である「うたばん」がスタートしました。


本来、アイドルの賞味期限は20歳前後。この当時SMAPは中居さん、木村さんが25歳、香取さんが20歳と、最年少の香取さんですら、アイドルとしてはギリギリの年齢でした。しかし、ここから衰えるどころか、どんどんその人気を更新していくところがSMAPのすごいといころです。


SMAP世代より上のアイドルで、いまだに最前線で活躍している方はいないですよね。つまり、SMAPは現在進行形で、アイドルとしての活動最高年齢を伸ばし続けているグループともいえます。これには、5人体制になり、個人での活動が増えたという事も関係しているようです。


●夜空ノムコウ
その後、SMAPは好調なペースで活動を続け、楽曲も出す度にスマッシュヒットとなります。

しかし、「SMAPといえばこれ!」という名刺代わりになるほどの代表曲がないのも事実でした。

そんな中でリリースされた「夜空ノムコウ」は、おおきな歴史で振り返った時の、SMAPのひとつの到達点です。

夜空ノムコウ イメージ画像 <出典:01.gatag.net>

これまでにリリースされてきたようなノリの良い曲ではなく、しっとりとしたメロディーに、スガシカオさんの作った青春の回想ともいえるせつない歌詞が乗り、今までSMAPの楽曲を聞いてこなかった1950~1960年代生まれの層の心をつかみました。「よくバラエティ番組で見るアイドル」「キムタクの所属しているグループ」という認識しかなかった層の人たちが、SMAPを認識し、楽曲を聞くようになったのです。


その結果、「夜空ノムコウ」は、SMAP初のミリオンヒットとなり、J-POPで初となる音楽の教科書に掲載が決定(中学2〜3年生用)されるほどの国民的な楽曲となりました。現在までに約180万枚が販売され、SMAPの楽曲の中でも歴代2位のセールスとなっています。


●国民的人気グループへ

「夜空ノムコウ」以降、2000年から2001年にかけて、SMAPは若い女性からの人気だけではなく、テレビを見るすべての世代からの人気を集め、「国民的人気グループ」と呼ぶにふさわしい活躍を始めるようになります。これは、一般的なアイドルグループの枠を超えた個人の活動の結果でもあります。


まずはドラマについてですが、この時期、常にSMAPメンバーの誰かが主演するドラマが放送されていました。

中居さん・・・「グッドニュース」「白い影」
木村さん・・・「ビューティフルライフ」「HERO」
稲垣さん・・・「ソムリエ」
草彅さん・・・「TEAM」「スタアの恋」
香取さん・・・映画「ジュブナイル」「Love Story」

この中でも、特に木村さんのドラマは視聴率が爆発する時代です。

「ビューティフルライフ」は最終回の視聴率が41.3%と当時の平成ドラマ歴代最高視聴率を記録しました。また「HERO」も最終回で36.8%という高視聴率を獲得しましたが、特筆すべきはその平均視聴率で、関東地区では全ての放送回の平均視聴率が30%を超えるという人気でした。


ドラマ以外でも、香取さんは「慎吾ママのおはロック」、草彅さんは「チョナンカン」といった、単なるソロではなく、別名義での特殊な活動も目立ちましたが、いずれも成功しています。





■世界に一つだけの花~現在


●「世界に一つだけの花」発売
SMAP最大のヒット曲であり、もしかしたら「SMAP」という名前以上に知られているかもしれない、名曲「世界にひとつだけの花」。

世界に一つだけの花 <出典:www.amazon.co.jp>

この曲は、実はもともとアルバムの中の1曲であり、シングルではありませんでした。しかし、草彅さん主演のドラマ「僕の生きる道」の主題歌となったことで一気に話題となり、シングルカットの要望が上がったことで、歌唱パートの入れ替えなどを行って「世界にひとつだけの花(シングルバージョン)」として2003年3月5日に発売されました。作詞作曲は槇原敬之さん。仏教の「天上天下唯我独尊」という教えがテーマとしてあったそうです。


「No1にならなくてもいい、もともと特別なオンリーワン」というメッセージは、競争社会に疲れた多くの人の心に刺さった一方で、この歌詞を理由に若者が現実逃避をするのではないかという批判もありました。また、当時はイラク戦争の直前というタイミングでもあり、反戦歌という受け止められ方もされました。「花や個人を賛美することで平和の大切さを訴えたい」というSMAPからのコメントにからも、確かに反戦のメッセージが込められていることが分かります。


当時のSMAPはグループでの活動よりも、ソロでの活動の方が大きなウェイトを占めるようになってきており、この曲のテーマをそのSMAPの活動状況と重ね、「個性があることが大事である」と受け止める人も多かったようです。大ヒットし、様々な人に聴かれた曲であるぶんだけ、様々な受け取られ方をした曲でもあったようです。


アイドルが、単なるラブソングや青春ソングではなくこのような社会性の強いメッセージソングでダブルミリオンの売り上げを達成するということは驚異的な事です。


●「世界に一つだけの花」にまつわる様々な記録
この、SMAP最大のヒット曲であり、曲自体が独り歩きをしている感もある「世界に一つだけの花」には様々な記録があります。



・売上
2016年12月でのオリコン調べの売り上げは302.2万枚、オリコン歴代シングルチャート3位となりました。これは、ジャニーズ事務所所属アーティストでは歴代1位となります。200万枚以上の販売を記録したシングルはこの曲が最後であり、CDの売上げが減少する昨今の動向から考えると、日本最後のダブルミリオンが「世界に一つだけの花」となる可能性が高そうです。


・ランキングへの通算登場回数
2016年12月19日付のオリコン集計(2016年最終の集計)では、週間シングルランキングで「世界に一つだけの花」トップ200位以内ランキングの通算登場週数は233週となり、歴代1位のロングセラーとなりました。トップ100位以内の登場週数は146週目で、歴代4位ですが、今後もその記録は伸びそうです。


・オリコンシングルランキングがSMAPとB'zだけに
2003年4月7日付のシングルチャートTOP10は、B'zとSMAPの2組しかランクインしていませんでした。
当時、B'zが過去のシングル作品をマキシシングルとして一気に再発売していたため、それらが軒並みランキング上位を独占。その中で唯一「世界に一つだけの花」が2位にランクインし、それ以外12位まですべてがB'zという異常なランキングになりました。


・コピーコントロールCDを止める
この曲が発売された当時、多くのレコード会社のアーティストがコピーコントロールCDで楽曲をリリースしていました。「コピーされるせいでCDが売れなくなる」と考えられたためです。しかしそんな中でこの曲は通常のCD-DA規格で発売。しかし様々な販売記録を樹立したことで、2004年、メジャーレコード会社各社がコピーコントロールCDから撤退しました。


・日本を代表する楽曲
「ミュージックステーション」では、節目の特番の度に通常のランキングとは少し切り口の違うランキングを発表していますが、下記のランキングで、「世界にひとつだけの花」が1位を獲得しています。

ミュージックステーション <出典:www.tv-asahi.co.jp>

2009年「あなたとアーティストが選ぶ、新・国民的名曲」
2015年「世界に誇るニッポンの歌BEST100」
2016年「日本に影響を与えた曲 BEST100」

これらのランキングは、一般の方に向けたアンケートの結果をもとに順位が付けられているため、日本人の総意として、「世界に一つだけの花」が日本を代表する楽曲として認められたということなのではないでしょうか。


●アイドルを超えて、スターとしての活動
「世界に一つだけの花」以降も、SMAPはアーティストとして様々な記録を塗り替えながら10年以上安定した活動を行ってきました。時には不祥事もありましたが、メンバー全員でそれを乗り越え、「SMAP×SMAP」を復帰の場所、帰ってくる場所に選び、メンバーの変更や脱退もなく、芸能界の最前線で活躍を続けました。


2005年には、シングル「BANG! BANG! バカンス!」とアルバム「SAMPLE BANG!」の2枚同時発売を行い2枚ともにともにオリコン初登場1位を記録しました。同じアーティストがシングル・アルバムの両ランキングで同時に1位になるのは1993年以来12年ぶりの記録でした。


また、2010年には、日本人史上初となる公演観客動員数1000万人突破を達成。

2014年には、USJ(ユニバーサルスタジオジャパン)初代大使に任命され、「ウィザーディング・ワールド・オブ・ハリー・ポッター」の記念式典でサプライズ登場しました。

ウィザーディング・ワールド・オブ・ハリー・ポッター <出典:www.usj.co.jp>

主人公ハリーと同じマフラー姿で、ハリーポッターファンから大歓声を浴びました。この式典には安倍晋三首相も出席しており、「スマスマ」以来9年ぶりの再会となりました。





■紅白歌合戦とSMAP


SMAPは、CDデビューを果たした1991年に、いきなり紅白歌合戦に出場しています。その後は、2001年と2004年以外のすべての年で出場しており、出場回数は23回。紅白出場歌手のなかで唯一の「トップバッターも大トリも両方経験したアーティスト」です。
そのうちの7回は歌手別の最高視聴率を獲得しています。


実はあまり知られていませんが、光GENJIのバックダンサーとして1988年、1989年にも紅白のステージには立っているので、これを含めると25回となります。


最年少の香取さんは現在39歳です。そのうちの25回分、つまり人生の約3分の2の年末を、すべて国民的歌番組である紅白歌合戦のステージで過ごしているという人は、他にいないのではないでしょうか?


■解散発表、社会の反応


2016年8月14日、SMAPの解散がジャニーズ事務所からメディア各社にFAXで送られました。

解散の原因についてはいまのところどの情報も憶測の域を出ず、SMAPメンバーからの明確な説明もありませんので、ここでは触れません。


しかし、解散発表の後の社会の動きも、SMAPがただのアイドルではなく、国民的なスターだったということを象徴しています。


・臨時ニュース
メディア各社にFAXが届いた直後、NHKではオリンピックのテニス中継中(アンディ・マリー vs 錦織圭)にも関わらず、速報テロップでSMAP解散を伝えました。そしてその試合の終了後には、臨時ニュースとして、約2分間のSMAP解散に関する報道が行われました。アイドルグループの解散がNHKの臨時ニュースになるというのは、これが初めてです。


・「世界に一つだけの花」購買運動
ファンの間で、解散阻止の意味も込めて行われていた「世界に一つだけの花」購買運動。

コアなファンだけではなく、「これまでSMAPのCDを買ったことがない」という層の人までこの活動には参加しており、アマゾンの同CDのレビューページは毎日のように新たなレビューが書き込まれています。
下記レビューを読んで頂くのが、最も分かりやすくSMAPの偉大さを表現しているのではないでしょうか。


以下引用

僕はSMAPのファンではない。
ライブも行ったことないし、CDだって買ったことがない。
SMAPに、いわば初めて金を落としたのは今日だ。

そんな僕でもSMAPがテレビに出て歌っていれば、つい目を留めてしまう。
それはテレビに興味がない仕事人間の父も、母も(ともに50代)、
さらには80代になる祖母、そして10代の弟も同様だ。

みんな別にファンというわけではない。
なのにも関わらず、SMAPのあの下手くそな歌声が
僕を含め、年代バラバラな家族たちの心を惹きつけてしまう。

そんなグループが解散するという。
本人たちの意向なら仕方ないだろうが、
かねてより噂されていた事務所の派閥問題、ゴタゴタに巻き込まれた形だ。

ファンではない人でさえ魅了する、
この国民的アイドルグループが、
事務所内のあまりにもくだらない派閥争いに巻き込まれて解散してしまう。
こんなことは絶対に許してはならない。
事務所のためのアイドルではなく、アイドルのための事務所であるべきだ。

少しでも何かがしたくて、今回CDを買わせてもらった。
正直最近は好きなアーティストの新譜でさえiTunesで購入しているのに。

こんなことをしたって1ミリも意味がないことは分かってる。
それでも何かがしたい。
そんな気持ちにさせてくれるグループだ。
解散してはならない。

たかが一枚1000円やそこら。
国民みんなで意志を示せば何かが変わるはずだ。
来週のオリコンチャートで
この『世界に一つだけの花』が1位に輝くことを祈っている。
<出典:www.amazon.co.jp>




このレビューを書いた人は、正直な気持ちを綴っただけなのだと思います。

しかし、この文章が大きな感動を呼ぶのは、誰の心にも似たような感情があるからではないでしょうか。


大ファンではない人も、SMAPの一人一人を日常的にテレビで見かける日々が20年以上も続き、SMAPのいない毎日が想像できなくなっているのです。


年代を問わず、性別も問わず、とにかく愛されているSMAP。

こんなアーティストは、日本中探してもSMAPしかいないのではないでしょうか。その結果、2016年だけで約44万枚が販売され、累計の販売枚数は300万枚を超えました。


●署名活動
解散発表後、関西の一部の有志のSMAPファンが集まり、署名活動を始めました。その目的は「SMAPの活動継続」です。

「5☆SMILE」と名付けられたこのプロジェクトは、多くの人の賛同を得ながら規模を膨らませていき、手間のかかる「直筆の署名」にこだわっていたにも関わらず、最終的に37万3515人の直筆署名が集まったのです。


しかも驚くことに、街頭での署名活動を一切行わず、口コミとSNSでの拡散によってこの署名は行われたそうです。無事、ジャニーズ事務所にもこの署名は受理されました。法的な効果は一切無いこの署名ですが、逆に言えば「法的な効果がないにも関わらず37万人分の署名が集まった」ということがSMAPの影響力を示しているようにも思えます。


●SMAP×SMAPでのTHE YELLOW MONKEYとのパフォーマンスに対してファンの反応

10月17日放送のSMAP×SMAPでは、2016年に復活を果たしたロックバンド「THE YELLOW MONKEY」と共演を果たし、そのパフォーマンスと歌詞がファンの間で話題になりました。


歌われたのはイエモン解散前の代表曲「バラ色の日々」と、復活の曲「ALL RIGHT」の2曲。

この歌詞が、明らかに、意図したとしか思えないほど、解散発表後の彼らの状況に重なり、涙をこらえきれなかったファンも多かったそうです。



特に、「ALL RIGHT」は再集結がテーマの歌ですから、解散直前の彼らが歌うのは、普通に考えればありえないのです。それを歌ったということが、ファンの心に響いたのでしょう。


「何よりもここでこうしてることが奇跡と思うんだ。命はいつか絶えるだろうだけど最高の出会いが」「月日は流れて、力を集めて、ひとつに集めて」という部分を歌う彼らの鬼気迫る表情、キレキレのダンス、そして普段は滅多に見せることのない中居さんのカメラ目線など、「これはSMAPからの何らかのメッセージではないか?」と予測する声も。


このように、現在SMAPはデリケートな環境にあり、言いたいことが言えなくなっている可能性もあります。


しかし、そんな中でもファンは少しの情報から希望を見出したり、活動継続を願う様々な活動をしています。

SMAP 解散
隠れSMAPファンという人も急増しています。解散のニュースを機に自分がSMAPのファンだったことに気付くという人のことです。このような人が日本中にいるのです。


解散という事実は変えることができないかもしれません。しかし、後にも先にも現れないであろう規格外で、でも等身大な、アイドルグループが存在したことは、人々の記憶から消えることはないでしょう。


著者名:ノゾム

タグ SMAP
コメントを投稿する

この記事にコメントを投稿する

メールアドレスが公開されることはありません。

ジャニーズの最新記事

特集記事

気になるエンタメ情報を調べる!

トレタメライター募集中!