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『ジャガーノート / 初音ミク』の歌詞解釈と考察

この楽曲が『砂の惑星』のアンサーソングと考察される理由はいくつかあると思いますが、

・どちらも砂漠を舞台にしたMVでモチーフに林檎が使われている
・間奏部分で囁くように謳う英語歌詞が、とても似たメロディーライン
・「砂」「惑星(星)」「歌」と共通したキーワードでニコニコ動画のことを歌っている
・どちらの曲もBPM95で、1番はAメロ→Bメロ→サビまでが同じタイミングで切り替わる(秒数が一緒)

このあたりに注目しながら、今回は考察していきたいと思います。

※ここから楽曲の考察をしていきますが、「個人的にたどり着いた答え」のひとつにすぎません。歌詞やMVを考察する参考程度になれば幸いです。


わたしは、この楽曲を

①「砂の惑星」に対する夏代孝明さんなりのアンサー
②「ニコニコ動画の現在」という同じテーマを題材にした彼の意見の主張
③ニコニコ動画を離れてしまった人へのメッセージ

という3つの解釈で考察を進めました。

それでは歌詞を振り返りながら、意味を紐解いていきましょう。

まず、楽曲の冒頭。

「Trust me. I'll be back in the days.」


訳すと・・・
私を信じて、あの日々は戻ってくるから。


砂の惑星では「Back to the history and remember when I was born」(これまでのことと私が生まれた時のことを思い出して)とはじまりましたが、ここのメロディーはとても良く似ていて、意識してつくったのではないでしょうか。

※『砂の惑星』は、ハチ(米津玄師)さんが現在のニコニコ動画やVOCALOID界隈を見て思ったことを表現したとインタビューで語っている。


砂の惑星では、「Back to the history」とあるように2番の歌詞で、ハチさんの活躍した1つ前の世代(ハチさんがニコニコ界隈に入ってきたのは2009年頃。『メルトショック』と比喩されるryoさんの『メルト/初音ミク』が投稿されVOCALOID界隈が爆発的に盛り上がったのが2007年頃。)から自分が全盛期として楽曲を投稿していた世代までの名曲たちの歌詞が盛り込まれていました。

なので、ここでいう「I'll be back in the days」とは、そうした名曲たちに溢れていた時代のことを指しているのではないでしょうか。


「アダムとイブはどんな気持ちで手に取ったんだ?
 青くて苦くて僕は齧って残りは全部捨てたんだ」



手に取ったものは、青緑色の林檎。
これはおそらくニコニコ動画やVOCALOIDカテゴリーのことを指していて、アダムとイブとはニコニコ動画とVOCALOIDカテゴリーを作り盛り上げた人たち?

ボカロブームの波にのって、ハマってみたけれど、盛り上がっているのは一部の曲(ボカロP)だけで、少し齧ってみた(楽しんでみた)けど、まだまだ青くて苦かった(未熟なまま盛り上がってしまっていた)から、残りはもういらないと捨ててしまった。


「だって理解できないから
 身勝手許されないから
 全部燃やし尽くして
 いつか笑える日までback in the days」


捨てたのは自分でしたが、ここではその理由を語っています。

「理解できないから、身勝手許されないから」とは、齧ってみたけれどその良さがわからなかったVOCALOID界隈のこと。

どの楽曲もすべてにそれぞれ良さがあったとしても、どう感じるかはひとそれぞれの感性次第。

もちろん自分に刺さることのない楽曲や理解できなかった曲もあった。けれどそれを「いらない」と身勝手に捨てることのできないほど、あまりにVOCALOID界隈は盛り上がりすぎていた。

燃やし尽くす=VOCALOIDシーンを飽きるほどに楽しみ尽くしてしまった。


「someday 生まれ落ちた生命
 惑星呪いつくした所為で焼け野原に見えてたんだ?
 かける言葉も見つかりやしないや」

 


生まれ落ちた生命=VOCALOID楽曲。映像では魚や木々の芽がそれを表しているのかも。

惑星を呪いつくす=①VOCALOID界隈はもう衰退したと語られること。もしくは、②ここからメジャーデビューした人たちが、ニコニコ動画に投稿しなくなったことを指している(?)


「もうVOCALOIDは終わった」と思っているから、今のVOCALOID界隈が焼け野原(①盛り上がりすぎて燃えきってしまった=これ以上盛り上がらない)(②自分たちがいた頃が全盛期だから、その時に燃やし尽くした=これ以上盛り上がらない)に見えているんだよと。

どちらにせよ「かける言葉もみつからない」と皮肉っているのではないでしょうか。


続いてBメロです。

「星が砂に変わってしまったんじゃない
 僕の心が砂で出来ていたんだ」



さきほどのAメロの最後の部分は、①と②の二通りで考えてみましたが、ここで「僕の心」と表しているので、①の方がしっくりくるような気がします。

Aメロの「齧って残りは全部捨てた」と合わせて、惑星=VOCALOID界隈が砂になってしまった(同じ楽曲ばかりがランキングにいて、埋もれている。廃れてしまった。)のではなく、「僕」=MVの少年が、受け取る側にいた自分の心が荒んでいたんだと気付いた。

「砂の惑星」を製作された時の気持ちについて、米津玄師さんはインタビューで
「(最近のニコニコ動画は)僕が投稿していた時期とは明らかに景色が違う。ニコニコ動画というもの自体がどんどん砂漠になっているというイメージが広がっていって。「ああ、これ、砂漠だな」と思った」出典:©Natasha,Inc. 音楽ナタリー 初音ミクの10年~彼女が見せた新しい景色~『ハチ(米津玄師)×ryo(supercell)2人の目に映るボカロシーンの過去と未来』より
と話していたことがありました。

しかし夏代さんは、最近のニコニコ動画に対してそうは捉えていなかったんだと思います。

いちユーザーとして、ニコニコ動画を楽しみ、今もこの場所を活動のメインとして置いている夏代さんからしたら、受け取る側=ユーザーの心が砂のように崩れていってしまっただけで、もう一度そこにある砂でお城は作れるのだと。

「砂の惑星」へのアンサーというよりも、同じテーマに対してのもうひとつの意見として主張しているような気がしました。


サビでは、少年が砂漠の中をひとり歩いているシーンになります。


「誰もが置き去りにした世界で
 はじまりの歌を歌い続ける
 もうわかってたんだ
 ひどくしゃがれた声を上げれば
 また君に会える気がした
 ねえ聴こえているんでしょう?」


誰もが置き去りにした世界=ニコニコ動画

それでもこの場所で歌い続けていれば、またあの頃のようにここで会えるような気がしたから、今もここで歌い続けている。

ねえ聴こえているんでしょう?と問いかけられているのは、あの頃にここで出会った「君」。

恐らくこれはボカロシーンが盛り上がっていた時に聴いていてくれていた多くのひとりひとりに向けて「君」と指しているのだと思います。(夏代さんの書く歌詞は、「みんな」よりも具体的に今、目の前で聴いてくれている「君」とひとりひとりへ投げかけていることが多いので)


「ぼくら魔法に期待しながら
 魔法使いを嫌っていた」



この「魔法」と「魔法使い」に当てはまるものですが、それぞれの歌詞とともに出てくる映像が「魔法」では青いリンゴと木々、「魔法使い」ではフードをかぶった少女(少年)?であることから
「魔法」=ボカロシーンやボカロ曲
「魔法使い」=メジャーに出ていったボカロPそのもの
と考えられます。


「都合のいい世界だけを望んで生きている」


彼ら(ボカロP)が残してくれた楽曲やたまに戻ってきて新しい曲を投稿してくれることに期待しているけれど、この場所を離れていってしまったことには、少なからず嫌悪感を抱いていると矛盾する気持ちを表しています。

さらに、最近のニコニコ動画シーンは、この場所を離れた人からみたら、自分たちのいた時代とは違うものかもしれない。けどそれをこの場所にずっといたわけではない人達に言われるのは、なんだか嫌な気持ちになるんだという意味も含まれているかなと思いました。


「矛盾まみれの人生論を歩いてきた四半世紀
 掛け違えたボタンを笑える日が来るなら」



まさに"矛盾まみれ"な気持ちを抱えたまま歩いていたけれど、それも「あの頃のニコニコは~」とこの場所でまたみんなで笑えるような日が来るのかもしれない。


2番サビは1番の歌詞と同じですね。


MVでこちらに向かって歩いていた少年が、今度は向こう側へと戻っていきます。

「誰もが置き去りにした世界で
 はじまりの歌を歌い続ける
 もうわかってたんだ
 ひどくしゃがれた声を上げれば
 また君に会える気がした
 ねえ聴こえているんでしょう?」


はじまりの歌を「初音ミクの歌」としてとらえると、「歌い手」としての夏代さんの思いとしても受け取ることもできますね。


続いてCメロです。

「足元に転がった赤い果実」



これまで主人公の少年が手にしていたのは青緑色の林檎でしたが、ここででてくるのは赤い林檎。

未熟な青い林檎は十分に熟れて美味しそうな色になりましたが、その林檎は足元に転がる=捨てられてしまった熟したボカロシーンのことを表しているのかも。


「誰かを恨んだりしたいわけじゃないってさ
 わかってたんだ」



こうなってしまったのは、誰の所為でもないと魔法使いを恨んでいるわけではないと自分でもわかっている。

余談ですが、この部分の言葉選びはとても夏代さんらしさに溢れているなあと感じました。


ラスサビです。

「誰もが置き去りにした世界で
 はじまりの歌を歌い続ける
 もう気づいてたんだ
 ひどくしゃがれた声はきっと
 知らない君に届いてる
 ねえ聴こえているんでしょう?」



MVに一気に色が付き、少年はしっかりと前を向きながら青い林檎をもう一度手に取ります。


そして後半の歌詞も変わりましたね。

わずかな違いですが、ここで『期待』が『希望』に変わっていることがわかります。

「君に会える気がした」(1番2番)
君に会える、聴こえていると思っているけれど、それは君次第だからとどちらかというとネガティブな「きっと」

「君に届いている」(ラスト)
君に届いてる、聴こえていると信じている。前向きでポジティブな「きっと」


そして最後は、メインボーカルである初音ミクとサブボーカルとして鏡音リン、巡音ルカが代わる代わるボーカルをとっていきます。


「初めて出会ったんだ」初音ミク
「鏡の中の自分に」鏡音リン
「巡りめぐる今日を」巡音ルカ

それぞれ彼女たちの名前が歌詞の一部に入っているので、わかりやすいかと思います。

「溶かしていく温度」

 
砂の惑星を意識しているのであれば、溶かしていくは、もちろん『メルト』を意味しているはず。


MVで青い林檎が再び熟れた赤い実に変わり、

「Trust me. I'll be back in the days.」

私を信じて、あの日々は戻ってくるから
で終わります。

ここまでの歌詞の意味を紐解いたうえでのこの言葉は、胸にくるものがありますね。

『ジャガーノート』が意味していたものは・・・

今回は、先日投稿された夏代孝明さんの「ジャガーノート / 初音ミク」の歌詞やMVを考察してきましたが、いかがでしたでしょうか?

出典:© 2018 NATSUSHIRO TAKAAKI ジャガーノート / 初音ミクより
「砂の惑星」と同じBPM、1番がまったく同じタイミングで展開されているのので、意識していることは間違いないと思いますが、受け取る側に委ねられる部分がかなり多く、この考察もひとつの意見として捉えていただければ幸いです。

今でも変わらずにこの場所に居続けている人にとっては、必ずしも外の人からみた認識と同じではないのに・・・という、現在もニコニコ動画がメインの活動場所である彼だからこそ説得力を感じる歌詞が多く、自分のニコニコ動画やVOCALOIDに対する認識を改めて考えさせられる一曲でした。

シンガーソングライターとして活躍し、彼自身の声で、歌で、届けることもできるのに、あえてミクを通して、この場所で伝えたかったのかなと考えると、とてもグッとくるものがありますね。

タイトルの『ジャガーノート』が意味していたものは、この楽曲自体のことやそれぞれの歌詞ひとつひとつの言葉ではなく、

多くの人に支持された『砂の惑星』で説かれた"今のニコニコ界隈は砂漠(廃れてしまった)"が多数派の認識になってしまうこと。

そうした外からの認識が自分たちのいる星を呪っていくのだと。これこそが「止めることの出来ない大きな力」である。

という意味ではないでしょうか。

自惚れからもしれませんが、この考察で紐解いたものがそれこそ「ジャガーノート」になってしまってはいけないと思うので、ぜひこの曲を受け取ったすべての方にそれぞれの答えを導いてほしいなあと切に願います。

VOCALOIDのエディットを担当したcilliaさんの調教もとても相性がよく、楽曲の良さをより昇華させていますね。

また、楽曲としてのクオリティーが非常に高いので、何度聴いても新しい発見や気付きがある曲になっていて、MVも難度観ても飽きません・・・!

夏代さんは、元々歌い手としてニコニコ動画で活動をスタートしているので、サビの歌詞にある「ひどくしゃがれた声」とは自分自身の声でもあるのかなと思いましたし、今後公開予定というセルフカバーも楽しみにしたいですね♪

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