17,317 views

伝説のバンド、レッド・ツェッペリンはとにかくやることが凄すぎ!

レッド・ツェッペリンと聞くだけで、50歳以上のロックファンなら、思わずひれ伏してしまうのではないでしょうか。1968年の結成から、ドラマーのジョン・ボーナムの死によって解散するまで、世界の音楽シーンをエネルギッシュに駆け抜けた彼らにはステージ外での逸話にも事欠きません。

レッド・ツェッペリン
<出典:amass.jp>


今も高く評価される70年代を代表するバンド

レッド・ツェッペリンは、ギタリストのジミー・ペイジが中心になって結成された4人組のバンドですが、彼らこそがハードロックの始祖ともいうべき伝説の存在です。1968年に結成され、出すアルバムのほとんどが全世界でミリオンセラーとなり、ジミー・ペイジの超絶ギターテクニックやロバート・プラントのハイトーンで音域の広い声は世界に衝撃を与えました。


また、「ロックンロール」「胸いっぱいの愛を」「天国への階段」など、後世に残る名曲をいくつも残しています。彼らが日本のロックを志す若者に与えた影響というのは言葉にできないくらい大きいものがありました。
天国への階段
<出典:upopvocal.music.coocan.jp>

アルバム以上にすごかったと評判なのが彼らのステージですが、そのエネルギッシュさゆえか、ステージ外での逸話というかトラブルネタも実に豊富です。


ホテルの窓から高級車めがけて・・・

レッド・ツェッペリンは、バンド結成以来、精力的に世界を周りつづけました。ギンギンのハードロックから、アコースティックギターとコーラスで聞かせる、落ち着いた雰囲気の曲まで、まったく手抜きをせずに歌い続けました。音楽に向き合う姿勢は実に真摯でしたが、いったんステージを降りるともうめちゃくちゃ。「やんちゃ」などというかわいらしいものではなかったようです。

アメリカツアーでは、ホテルの窓から、高級車ばかりを狙ってテレビやホテルの備品を投げつけるという、第三者からみるととんでもないことをしでかしています。当然、テレビをぶつけられた方はブチ切れるわけですが、そのたびにマネジャーが下りて行ってその場でキャッシュで弁償したとか。バンドメンバーも豪快ですが、マネジャーのそれこそ懐の大きさもすごいですね。

本物の日本刀でチャンバラごっこ!?

レッド・ツェッペリンは、1971年にに来日し、各地で物凄いとしか言いようのないステージを見せ続けましたが、ステージ外では、相変わらずさまざまな狼藉を働いています。買ってきた本物の日本刀でチャンバラごっこをしたり、掛け軸をぶった斬ったり、裸で清掃係のおばちゃんを追いかける公衆電話を集めて興行主の部屋の前に並べるなどなど。このときの弁償額は数百万円にのぼったそうです。

日本刀
<出典:chomatomesh.blomaga.jp>

移動中の新幹線のなかでは、寝ている客に牛乳をかけて回るなどという、聞くだけだと思わず笑ってしまいますが、された方はたまらないようなことを平気でやっています。日本の「おもてなし」では、彼らをおとなしくさせるのは不可能だったようです。

しかし、メンバーたっての希望で開催された原爆の地、広島でのライブのあと、収益金の700万円を寄付するという殊勝なこともやっています。この振り幅の広さ、凡人にはとても真似ができません。


伝説のバンドともなるとこれくらいはやってくれないと・・・


レッド・ツェッペリン
<出典:www.amazon.co.jp>


70年代に入り、ロックはその激しさを求められており、サウンドはいうに及ばず、その生き方、存在にさえ意味を求められた時代でした。それだけに、その重圧に押しつぶされて命を落としたミュージシャンもいました。レッド・ツェッペリンは、そんな激しい70年代のロックを体現しつづけたバンドといえるでしょう。

カテゴリー
コメントを投稿する

この記事にコメントを投稿する

メールアドレスが公開されることはありません。

この記事を見た人はこんな記事も見ています

ROCKの最新記事

特集記事

気になるエンタメ情報を調べる!