稀代の作詞家・プロデューサー!秋元康が歩んだ35年の歴史


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2016年、作詞家生活35周年を迎える秋元康さん。今回は、作詞家としてのキャリアを中心に、秋元さんについてご紹介します!


1981年デビュー!放送作家から始まった社会人人生

秋元康

大学時代、放送作家のアルバイトをしていた秋元康さん。当時、サラリーマンの3倍以上稼いでいたものの、仕事へのやりがいや将来性に対する不安から、放送作家以外の道を考えていたそうです。

作詞家としては、1981年にThe Alfee『言葉にしたくない天気』(『通り雨』のB面)でデビュー。その後、稲垣潤一『ドラマティック・レイン』長渕剛『GOOD-BYE青春』など、有名曲の歌詞を担当します。

1989年、美空ひばり『川の流れのように』の歌詞を担当。結果的に、昭和を代表する歌手の遺作の作詞に携わったことから、まさに、名実ともに日本を代表する作詞家になりました。

TV番組も『ザ・ベストテン』や『夕やけニャンニャン』など、人気番組を多数担当。とくに、『夕やけニャンニャン』では、アイドルグループのおニャン子クラブをプロデュースしています。


1990年代はTVマンとしても大活躍


ポンキッキ

1990年代、秋元康さんはプロデュース業に力を入れていました。『ひらけ!ポンキッキ』や『とんねるずのみなさんのおかげです』、『うたばん』などの構成を担当。この時期、放送作家として数多くの人気番組を制作しています。

作詞家としてはどうでしょうか。1980年代は週間チャート1位を連発していた秋元さんですが、1990年代はヒット作が減速しています。1993年のとんねるず『がじゃいも』を最後に、2005年のKinki Kids『SNOW!SNOW!SNOW!』まで、週間チャート1位を獲得していません。


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