皆さんは、GRAPEVINE(ぐれいぷばいん)というバンドをご存じでしょうか。

独特な世界観を持つ楽曲が多く、歌詞はギターボーカルを担当する田中和将さんが手掛けています。

田中和将さんは、壮絶な人生を歩んできたことでも知られている方です。

今回は、田中和将さんの幼少期から現在に至るまでの生い立ちをご紹介します。


田中和将の幼少期から学生時代


160208_gv_ta 出典:©realsound.jp GRAPEVINEが明かす、楽曲制作の現場で起きていること「良いメロを普通に仕上げるやり方は求めていない」 より

田中和将さんは1974年、兵庫県生まれのO型です。

幼少期に母が再婚し、腹違いの10歳年上の兄と4人家族になりました。

父はヤクザ、母は水商売で働いており、父は外車に乗るなど裕福な生活だったようです。また、父に溺愛され、年の離れた兄からも可愛がられていました。

小学校低学年までは「高校野球に出たい」と思っていた普通の小学生だったようです。

しかし、父が家を出てから貧乏になり、生活保護で暮らす日々が続きました。

そんな中、母まで出て行ってしまい、兄と2人暮らしになります。

このとき、田中さんは小学3年生、兄は17~18歳くらいでした。兄がアルバイトをして生活を支えるものの、パンの耳を食べる壮絶な毎日であったようです。

2人の生活を見かねた母の水商売仲間に田中さんは引き取られて大阪に引っ越し、兄は東京へ行きました。

田中さんは小学校を卒業するまで、大阪で育てられます。そして中学生になったとき、帰ってきた母と東京から戻ってきた兄との3人暮らしを再開します。

また、田中さんはバンドでデビューするまでに、工場の契約社員、回転寿司、カラオケボックスの店員、ラブホテルの客室掃除など、さまざまなアルバイトを経験しています。

普通の人とは違う壮絶な経験が、田中さんの書く独特な歌詞にも大いに影響を与えていると言えるでしょう。以上の田中さんの生い立ちについては、ROCKIN' ON JAPAN’99の2万字インタビューでより詳細に語られています。


バンド結成

田中さんが音楽に興味を持ち始めたきっかけは、兄が持っていた「RCサクセション」や「ゴダイゴ」の音源を聴いたことでした。兄から受けた影響は大きかったようです。

初めてギターを買ったのは14歳の頃、教則本つきの通信販売で購入します。
大阪府立守口高校に入学した頃からバンド活動を始め、高校生の頃に枚方の公民館で初めてステージに立ちました。

making-band
高校卒業後、当時のリーダーである西原誠さんがバンドメンバーを募集していた張り紙を見て、ギタリストを希望し会いに行きました。

そこで、田中の歌声を聞いた西原さんに、無理矢理ヴォーカリストにさせられた話は有名です。

また西川さんのギターの上手さを目の当たりにして、「勝てない」と思いヴォーカリストに就任したともいわれています。

GRAPEVINE加入直後に、ヴォーカリストの重圧に耐えかねて四国へ逃亡した話もインタビューなどで本人がよく語っています。

このとき「辞めます」と西原さんの自宅の留守電に入れた理由は、ヴォーカリストとしてではなく、ギタリストとしてやっていきたい気持ちが大きかったからのようです。


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