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ニルヴァーナ解散後のバンドメンバーの活動の歴史

ニルヴァーナはグランジ・オルタナティブロックのパイオニアとして1980年代後半から90年代前半に活躍し、以降のロックシーンに多大な影響を残しました。そこで、ニルヴァーナの歴史とメンバーの活動を振り返ってみます。

ニルヴァーナ <出典:rock.princess.cc>

バンド結成から初期の活動

アメリカワシントン州のアバディーンで、リードシンガーとギターを担当するカート・コバーンとベースのクリス・ノヴォセリックを中心にバンドは結成されました。ドラマーはメンバーチェンジを何度か繰り返し、チャド・チャニングに落ち着きました。

そして、バンド名をニルヴァーナに決めた後に、独立レーベルのサブポップと契約し、1989年もファーストアルバムの『BLEACH』を発表しました。ファーストアルバムにして、ニルヴァーナの「静かなヴァースとヘヴィーなコーラスの繰り返し」のダイナミックな対比という手法は確立されていました。

それからほどなくして、ドラマーのチャドは技術的な問題により解雇され、オーディションによりデイヴ・グロールが新ドラマーとしてバンドに加わることになりました。

デイヴ・グロール <出典:drum-hakase.com>


セカンドアルバム『NEVERMIND』が大ヒット


デイブ・グロールが新ドラマーに決まり、バンドの勢いが増したニルヴァーナは、1990年にメジャーレーベルのゲフィン・レコードと契約し、1991年にセカンドアルバム『NEVERMIND』を発表しました。アルバムは大ヒットし、ビルボード200で1位を記録し、シングル『SmellsLikeTeenSpirit』がMTVでリピートされるなど、当時の音楽シーンに大きなインパクトを与えました。

『NEVERMIND』はロックの歴史的名盤という評価を得て、グランジ・オルタナティブロックが新たなトレンドとなったのです。ニルヴァーナは若者達の新たなヒーローとして祭り上げられるようになりました。

SmellsLikeTeenSpirit <出典:www.ticro.com>

カートの自殺でバンドは解散・・・その後のメンバーの活動について

バンドの大きな成功の裏で、カート・コバーンはヘロイン中毒の問題を抱えており、バンドは一時活動麻痺の状態に陥りました。カートは成功から来る重圧に耐えられなくなり、ドラッグにのめり込むようになっていたのです。

そんな中、1993年にはサードアルバム『INUTERO』を発表しました。このアルバムではサウンドはより荒々しさを増し、カートの苦悩が感じられるような作品となりました。

カートはその後にさらに精神を病むようになり、奇行や自殺未遂が目立つようになっていき、1994年4月5日にシアトルの自宅でショットガンで頭を撃ち、自殺してしまいました。そして、カートの死によって、バンドは解散を余儀なくされました。

バンド解散後、デイブ・グロールはフーファイターズを結成し、アルバムがビルボード200で1位を獲得するなど、アメリカのロックシーンの中心で活躍しています。 クリス・ノヴォセリックはスウィート75アイズ・ドリフトといったバンドを結成しましたが、近年は音楽シーンでは目立った活動はしていません。

カート・コバーン <出典:ototoy.jp>

後世に多大な影響を残したニルヴァーナ

ニルヴァーナはグランジ・オルタナティブロックの先駆者として、パール・ジャムやサウンドガーデンなどと共に世界中のロックファンから絶大な支持を受けました。バンドが解散した後も、ニルヴァーナに影響を受けたというフォロアーがたくさん生まれ、現在もロックシーンに影響を与え続けているのです。

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