2016年9月の退団を控えた龍真咲の宝塚人生を振り返る

2001年の宝塚歌劇団入団から、男役のホープとして注目を集め、その後はトップスターの一人として活躍し続けてきた龍真咲さん。2016年9月をもって宝塚歌劇団を退団する予定となっています。

ここではそんな彼女のこれまでの活躍をプロフィールとともに振り返ってみましょう。

◆プロフィール~これまでの龍真咲さんのあゆみ

龍真咲さんは大阪府の東大阪市で生まれました。

子供の頃から歌が好きで、ある日母親と一緒に観た月組の「風と共に去りぬ」がきっかけで、龍真咲さんは宝塚歌劇団の大ファンになりました。

それ以降、なんと休演日にまで宝塚の街を散策しに出かけるほどの毎日を送り、いつしか、自身も宝塚歌劇団への入団を夢見るようになります。

そんな夢の実現のために動きはじめたのは高校在学中のことでした。受験の直前に宝塚歌劇団のことを知り、見事に一発で合格を果たします。

そして1999年、宝塚音楽学校に87期生として入学します。

龍真咲

その後、2001年に、ついに夢の宝塚歌劇団に入団しました。初舞台は「ベルサイユのばら2001」で、同期には早露せいなさんや夢乃聖夏さんなどがいます。

入団当時から龍真咲さんは注目を集めており、新人公演では男役ホープとして北翔海莉も演じています。

そして2005年には「エリザベート」の新人公演にてルドルフを、そして2006年にはバウ・ワークショップ「Young Bloods!!」で初主演の果たします。

さらに同年には「暁のローマ」新人公演でブルータスを、翌年には「パリの空より高く」と「マジシャンの憂鬱」で新人公演の主演を務めています。

こうして、確実に龍真咲さんはスターへの階段を登って行きます。

その後も、2009年の「二人の貴公子」で主演、また、2度目の「エリザベート」では大役のルキーニに抜擢されています。翌年の2010年には、この活躍から月組の2番手に昇格し、さらに高い人気を集めるようになりました。

龍真咲

彼女がトップに昇格したの2012年4月23日でした。霧矢大夢の後任として、ついに月組トップスターに就任します。

21世紀に初舞台生のトップスター就任はこれがはじめてのことで、龍真咲さんは宝塚ファンだけでなく、幅広く知られる存在となります。

そこからは月組のトップスターとしてさまざまな公演で主役を演じ続け、なんと2016年6月には日本中央競馬会の60周年を記念し、宝塚競馬が開催された際に、国歌斉唱とプレゼンテーターを務めています。

こうして、宝塚歌劇団を牽引し続けてきた彼女ですが、2016年の9月4日の「NOBUNAGA(信長)-下天の夢-」/「Forever LOVE」の東京千秋楽をもって退団することが決まっています。

龍真咲

◆龍真咲さんがデザインを監修したグッズも大人気!

月組トップスターとして大活躍している龍真咲さんですが、舞台の下でもファンの注目を集めています。

そんな活動の一つが、オリジナルグッズのデザイン監修です。現在、宝塚歌劇団のオフィシャルストアでは、龍真咲さん自身がデザインを監修したグッズが販売されています。

カラフルな色合いや、ポップなアイコンなどをちりばめたデザインは、彼女のファン以外の方の間でも好評で、とても高い人気を集めています。

2016年には惜しまれつつも宝塚歌劇団を退団してしまう龍真咲さんですが、退団後もこのマルチな才能を活かして、より幅広い場面で活躍して行くことになる…そう考えると、これからが、もっと楽しみになってしまいます。

退団を目前に控えた月組トップスターの龍真咲さんのこれまでを振り返ってみました。

こうして、改めて彼女のあゆみを紐解いてみると、いかに彼女が優れた才能を持った本当のスターであるのかがはっきりと見えてきます。

龍真咲

きっと、退団後もその天性のスター性を活かして、さまざまな舞台で輝き続けることは間違いないでしょう。

彼女のこれからにも目が離せません。

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