咲き乱れる薔薇色の世界!D’ERLANGERの歴史と魅力に迫る! – トレタメ

咲き乱れる薔薇色の世界!D’ERLANGERの歴史と魅力に迫る!

2016/08/16
トレタメ

デビューから25年以上が経過した今も、勢力的な活動を続ける『D’ERLANGER』。

デビュー当時のデカダンでゴシックな雰囲気を失うどころかさらにカリスマ性を増している今のD’ERLANGERは、バンドの全盛期にいると言っても過言ではないでしょう。

このバンドの魅力は、メンバーの確かな実力に裏付けされたものです。

キャリアが豊富なメンバーだけに、今一度各々のプロフィールを振り返ってみるのも面白いかもしれません。

今回はバンドの歴史と共に、各メンバーの簡単な紹介をしてみたいと思います。

◆D’ERLANGERの歴史

D’ERLANGER

D’ERLANGERの結成自体は1983年に遡ります。現メンバーのCIPHER(滝川一郎)、SEELA(中尾朋宏)を中心に京都で結成されました。1987年にTetsu(菊地哲)が加入。

続いて1988年にkyo(磯野宏)が加入し現メンバー構成となります。

1989年に1stアルバム『LA VIE EN ROSE』をインディーズにてリリース。

性急でありながらザクザクとした質感のギターで突き進む楽曲は、それまでのビートロックとは一線を画すものでした。

決してキャッチーとは言えないダークな雰囲気に触れた多くのキッズたちは「何かヤバいものを聴いている」という感覚になり、瞬く間に虜になっていったのです。

当時バンドは自分たちの音楽を『SADISTICAL PUNK』とカテゴライズしていました。

翌年の1990年には2ndアルバム『BASILISK』でメジャーデビュー。メジャーに行ったにも関わらず1stよりさらにダークになったサウンドに完全ノックアウトされたキッズも多いはずです。このアルバムは10万枚を超えるヒット作となりました。

しかし、バンドは同年12月に突然の解散を発表します。プレスに発表された解散理由は「ない」の一言。2枚の傑作アルバムと閃光のような活動で、D’ERLANGERはキッズたちにとって伝説的な存在となったのです。

バンドの時計が再び動き出したのは、解散から17年後の2007年です。解散時のメンバーでの再結成が発表されました。以降は現在に至るまで、楽曲リリース、ツアーをコンスタントに行っています。

◆4人のカリスマ

D’ERLANGER

各メンバーがそれぞれ高いカリスマ性を持っているのがD’ERLANGERの魅力です。D’ERLANGERとして活動していなかった期間にも多彩な活動をしてきた各メンバー。簡単に一人ひとりの経歴を見てみましょう。

まずはボーカルのkyo。彼がD’ERLANGERの加入前、『横須賀サーベルタイガー』のメンバーだったことは有名ですね。後にD’ERLANGERのメンバーとなるTetsuや、X JAPANのhideも同時期に横須賀サーベルタイガーに在籍していました。

D’ERLANGERの解散後は『DIE IN CRIES』を結成。こちらには現『L’Arc〜en〜Ciel』のyukihiroが在籍しています。

1995年にDIE IN CRIESを解散させた後はソロ活動を開始します。2000年からはバンド形態の『BUG』が活動の中心となります。

D’ERLANGERの再結成当初はBUGの活動を並行して行っていましたが、現在はD’ERLANGERの活動に集中しているようです。

続いてはギターのCIPHER。彼はD’ERLANGER結成前に『44MAGNUM』のローディーを努めていたという経験を持っています。

D’ERLANGERが解散した後には、1992年に『BODY』を結成。1994年にBODYをメジャーデビューさせますが、わずか半年で解散となりました。

翌年1995年に『CRAZE』結成、2006年にはこちらも解散しています。

ベースのSEELAはCIPHERともに1983年にD’ERLANGERを結成したメンバーです。

1992には『FIX』を結成しますが1996年に解散。直後に『ATOMIC ZaZa』を結成しまうすが、こちらも1999年に解散となりました。

2006年にはそれまで参加していた『No Stars Innovation』を脱退しています。

ドラムのTetsuはkyoと共に『横須賀サーベルタイガー』のメンバーだった経歴を持っています。

D’ERLANGERの解散後は『ZI:KILL』に加入しますが、同年には脱退。以降はCIPHERと『BODY』、『CRAZE』の活動を共にしました。

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