SNSだけではない。言葉を伝えるということの重要性
匿名による誹謗中傷は簡単だと筆者は考えます。ただ、その主張というものに「責任」のないまま拡散される現状というのは明らかな問題なのではないでしょうか。
確かに匿名であることが、より活発な意見を得ることができるという意味ではとても大切なことであるとは思います。しかし何か問題が起こったのであればそのままアカウントを停止し逃亡することができる。
一部の感情がそのまま拡散されることの危険性は、既存のマスメディアが「演出という名目のもとで」発言の部分的なキリトリや、発言内容の張り合わせでもわかることです。
でも、それは言葉をそして感情を相手に伝えるという意味で、本当に正しいアプローチなのでしょうか。
言葉は組み合わさって文になり文は組み合わせることで文章になります。こういった結合の中で、本来ある人が説明したい内容が正確に相手に伝えることができるようになるわけですが、現状のSNSもしくは情報を配信する一般的な人はそこまでの信念を持っている人はわずか。そういった中で面白く投稿された内容が安直に拡散され、様々な犠牲者を生み出している。
そして発信する側と同時に、その情報を受ける側も安直に情報を信じ、疑うことをしない。
この作品で柊一颯が表現したかったのはそういうことなのでしょう。