■ブレイク~世界に一つだけの花
●キムタクブーム
1993年のテレビラマ「あすなろ白書」で木村さんは黒ぶち眼鏡が特徴的な「取手 治」役で出演。
主演ではありませんが、同ドラマ内で木村さんが石田ひかりさんを後ろから抱き締め「おれじゃだめか?」と言うシーンが話題となり、この「あすなろ抱き」がブームになりました。
翌1994年に放送された「若者のすべて」にも木村さんは出演。このドラマでの木村さんのコーディネート、ロン毛と皮ジャンが大流行しました。
同年、木村さんは雑誌『anan』で好きな男ランキング1位を取得、それ以来15年連続で1位を取得し続けるほどの人気となりました。
ドラマにおいては、木村さんが主演するものが軒並み高視聴率を獲得。
1996年、初主演の「ロングバケーション」は平均視聴率29.6%。
1997年「ラブジェネレーション」は30.8%。
2000年「ビューティフルライフ」は32.3%。
2001年「HERO」は34.3%。
月曜の夜9時は街からOLが消える、と言われるほど、20代の女性から人気を集めました。
人気というのは形がない物なので、数値化はできませんが、過去から現在まで見渡しても、ここまで人気を博し、社会現象化した男性アイドルは木村さん以外にいないのではないでしょうか。
●SMAP×SMAP
1996年は、SMAP激変の年です。
まず、SMAPの看板番組である「SMAP×SMAP」が4月15日に放送開始されました。

メンバーが料理をする「ビストロSMAP」や、コントのコーナーなどで構成されており、それまでのアイドルではありえなかった内容に、多くの人は新鮮さを感じていました。
コントから生まれるキャラクターは次々と小中学生にも浸透し、今までSMAPを知らなかった世代からの支持を集めるきっかけにもなりました。
この番組によってSMAPは「アイドル好き・キムタク好きからの人気」だけではなく「お茶の間からの人気」を獲得するようになったのです。
この番組は様々な大物ゲストを迎えることでも有名ですが、政治家すらも出演しており、小泉純一郎、安倍晋三、麻生太郎といった日本のトップ、内閣総理大臣も出演しています。これは、「SMAP×SMAP」が国民的テレビ番組に成長したという証拠でしょう。
●森且行の脱退
1996年、「SMAP×SMAP」が放送を開始した直後の5月6日、森さんがオートレーサーに転向するためSMAPから脱退、芸能界を引退することを発表しました。
不遇の時代を経験し、ようやくブレイクして看板番組を持つことができた矢先の出来事でした。多くのファンはもちろん、関係者も大きな衝撃を受けたといいます。
「SMAP×SMAP」最後の出演の際には、6人で「BEST FRIEND」を歌いました。中居さんが途中で号泣してしまい、言葉が出なくなる場面を、木村さんがカバーするという、ファンの間では有名なシーンがありました。
当時、森さんの事に関してはSMAPメンバーはメディアでのコメントを控えており、その後もこの件はタブー視されていた感がありますが、2014年の「武器はテレビ。SMAP×FNS27時間テレビ」の中で、森さんからメンバー4人に対する手紙が公開されました。そこには、森さんからメンバー5人に対する想い出やエールが詰まっていて、視聴者の胸を熱くさせました。手紙が読まれている時、メンバーはほぼ全員が涙をこらえていました。
●5人での再スタート
ここからSMAPは現在の5人構成になります。
森さんが抜けたことで売れ行きが心配された初の5人体制のシングル「青いイナズマ」ですが、世間から注目を集めていたこともあってか、初登場1位、81万枚のセールスを記録しました。
この頃から、グループとしての活動よりも個人の活動が目立ちはじめます。それぞれが主演ドラマや主演映画を持つようになり、個人でのCM出演の本数も増えます。また、中居さんはバラエティ番組の司会としての才能も開花させる時期でもあります。1996年の10月には、とんねるずの石橋貴明さんとのダブル司会である「うたばん」がスタートしました。
本来、アイドルの賞味期限は20歳前後。この当時SMAPは中居さん、木村さんが25歳、香取さんが20歳と、最年少の香取さんですら、アイドルとしてはギリギリの年齢でした。しかし、ここから衰えるどころか、どんどんその人気を更新していくところがSMAPのすごいといころです。
SMAP世代より上のアイドルで、いまだに最前線で活躍している方はいないですよね。つまり、SMAPは現在進行形で、アイドルとしての活動最高年齢を伸ばし続けているグループともいえます。これには、5人体制になり、個人での活動が増えたという事も関係しているようです。
●夜空ノムコウ
その後、SMAPは好調なペースで活動を続け、楽曲も出す度にスマッシュヒットとなります。
しかし、「SMAPといえばこれ!」という名刺代わりになるほどの代表曲がないのも事実でした。
そんな中でリリースされた「夜空ノムコウ」は、おおきな歴史で振り返った時の、SMAPのひとつの到達点です。

これまでにリリースされてきたようなノリの良い曲ではなく、しっとりとしたメロディーに、スガシカオさんの作った青春の回想ともいえるせつない歌詞が乗り、今までSMAPの楽曲を聞いてこなかった1950~1960年代生まれの層の心をつかみました。「よくバラエティ番組で見るアイドル」「キムタクの所属しているグループ」という認識しかなかった層の人たちが、SMAPを認識し、楽曲を聞くようになったのです。
その結果、「夜空ノムコウ」は、SMAP初のミリオンヒットとなり、J-POPで初となる音楽の教科書に掲載が決定(中学2〜3年生用)されるほどの国民的な楽曲となりました。現在までに約180万枚が販売され、SMAPの楽曲の中でも歴代2位のセールスとなっています。
●国民的人気グループへ
「夜空ノムコウ」以降、2000年から2001年にかけて、SMAPは若い女性からの人気だけではなく、テレビを見るすべての世代からの人気を集め、「国民的人気グループ」と呼ぶにふさわしい活躍を始めるようになります。これは、一般的なアイドルグループの枠を超えた個人の活動の結果でもあります。
まずはドラマについてですが、この時期、常にSMAPメンバーの誰かが主演するドラマが放送されていました。
中居さん・・・「グッドニュース」「白い影」
木村さん・・・「ビューティフルライフ」「HERO」
稲垣さん・・・「ソムリエ」
草彅さん・・・「TEAM」「スタアの恋」
香取さん・・・映画「ジュブナイル」「Love Story」
この中でも、特に木村さんのドラマは視聴率が爆発する時代です。
「ビューティフルライフ」は最終回の視聴率が41.3%と当時の平成ドラマ歴代最高視聴率を記録しました。また「HERO」も最終回で36.8%という高視聴率を獲得しましたが、特筆すべきはその平均視聴率で、関東地区では全ての放送回の平均視聴率が30%を超えるという人気でした。
ドラマ以外でも、香取さんは「慎吾ママのおはロック」、草彅さんは「チョナンカン」といった、単なるソロではなく、別名義での特殊な活動も目立ちましたが、いずれも成功しています。
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